このカヌーサイトプロジェクトはそもそも、私個人の住居に近いという理由で「奥矢作湖でアクアミューズに乗れたらいいなぁ」とある人に漏らしたことに端を発しています。その「ある人」が人脈を使って交渉を進めていただいたことで、国交省も絡むようないわゆる「おおごと」になってしまった状態です。例えて言うならば落語で言うところの「芋粥」状態であるわけです。
今現在、このブログでは明らかにしていませんが、このプロジェクトに関して多方面で様々な調整が行われています。それこそ私個人でどうにかなるようなレベルはとっくに超越したレベルです。
レベルうんたら、なんていう難しいお話は正直に言うと私は関心がありません。何に関心があるかというと、「カヌー(アクアミューズを含む)を楽しむ人たちの意識が、どれくらいのものなのだろうか」ということ、もっと言えば「自分達の遊び場所に対する意識はいかほどのものなのだろうか」と言う点なのです。
自然を相手に遊ぶ以上、より美しい環境・過ごし易い環境を求めることは当然のことだと考えます。ならばその環境を自ら創る・守るという観点からはどうでしょうか?例えば琵琶湖や木曽川・浜名湖にしてもその環境、公園設備や水質は誰が管理しているのでしょうか?「税金を払っているのだから」当然国や自治体に全てをお任せして、楽しむだけで良いのでしょうか?
「自然相手の遊びはタダ」と考えるのは虫が良すぎるように感じています。お金も労力も使いたくないけど、自分の遊びだけは楽しみたい、というのは誰しも思う当然のことでしょうけれども・・・。
このようなことを言えば、反論があるのは承知の上です。「偉そうなことを」という意見もあるでしょう。しかし敢えて言わせてください。自然相手に遊びながら、自然に恩返しできたら素敵じゃないですか?
あくまでも構想理想ですが、このプロジェクトは「ダム湖で遊ぶ」という枠を超えて、「山を守る、海を守る」というところに行き着くと良いなぁと考えます。
とっても簡単に言えば(実際はもっと細かく計画しています)
奥矢作湖でカヌーを楽しめる環境を整える
→そのために間伐材などを使った桟橋などで、過ごし易い環境を創る
→現在カヌーを持っている人だけでなく、より多くの人に楽しんでいただきたい
→でもカヌーは高いし都会ではカヌーの保管場所も困る
→カヌーを簡単に自作でき、保管できる環境をつくる
→自作の材料は間伐体験してもらうことで安価に提供する。保管場所も提供する。
→間伐により山が生き返る
→水環境が良くなる
→海も生き返る
→どこでカヌーに乗っていても楽しい
という感じでしょうか。
「人任せで自分は遊ぶだけが良い」というスタンスの人でも、知らず知らずのうちに遊ぶ環境に関わっている、ということがこの計画のミソです。浮き桟橋の計画にしても、協力してくださる人がいなければ文字どおり絵に描いた餅になります。遊ぶために「こういう設備があれば良いな」と考えたとき、それを自分達の力(この場合純粋に労働力として)で創ることが、結果的に遊ぶための自然環境に良い影響を与えられればhappyだなぁと思うのです。
今現在、このプロジェクトは律速段階にあります。みんなでワイワイと「こうしたほうがいいんじゃない?」なんていろんな案を出し合って、もちろん力も出し合って、「創るぞ!!」という意識が溢れています。「よっしゃ!僕も(私も)一肌脱いじゃろかい!」という人が集まってきています。
個人・自治体・国が絡んだプロジェクト、それも各立場での理想がとっても高いこのようなプロジェクトに参加できるチャンスはそうないと思いますし、僕自身「言いだしっぺ」かつ「参加者」であることを誇らしく(うまく言えませんが・・・)感じています。
「中部地方は保守的、新しいことには慎重、周りが動いて初めて動く」とよく聞きます。しかし株や土地の話ではありません。お金が動いたとしても個人では大した額にはなりません(労働力、交通費、手弁当代くらいでしょうか)。
あくまで「遊び」の一環で一肌脱いでくださるような、積極的な方のご参加をお待ちしております。
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